脩ちゃんと凛
(1)何でもない冬の日


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 想いを告げてから三年。正式に付き合いだしてからは一年弱。大好きな人の腕の中にいるという現実は、いまだ夢のようで、宙をゆらゆらと漂っているような心地がする。
 平日に時間が取れなかったせいで、一週間ぶりに会えた日。彼の部屋を訪ねた凛太(りんた)は、出されたコーヒーを一口飲んだだけ。抱き寄せられて与えられたキスにすぐ夢中になった。
 1LDKのその部屋のリビングで、ソファに座った彼の膝に乗せられる。後頭部に添えられていた大きな手が、凛太の髪を撫でると、それだけで頭皮から背筋まで甘くざわつく。
 「(しゅう)ちゃん……。会いたかった」
 「……うん」
 耳元に脩の熱く湿った息がかかる。たわむれに這う舌がくすぐったい。シャツのボタンがじれったいくらいにゆっくりと外されていく。
 「こんな薄着じゃ風邪引くぞ。外寒かったろ」
 「外では分厚いコート着てるから平気。ねえ……、このままするの? 買い物は?」
 「買い物は後で。嫌か?」
 低すぎない耳によく馴染む声が鼓膜を震わせる。脩のお誘いに凛太が嫌なんて言うわけない。彼もそれはわかっているはず。
 「ううん。したい」
 付き合うまでが長く、ずっと我慢していたから、触れあうことができるようになった今は、求める気持ちに終わりが見えない。こんなふうにできることを待ち望んでいたのは凛太だけなのだと思っていたけれど、そうではなかったようだ。恋人になったその日から、たくさん欲しがってくれた。欲しがられるのは嬉しい。この人の望むものは全部あげたい。
 欲しがってもいい。あげてもいい。もうこの『好き』は誰に非難されることもないのだから。
 「あ、おっぱい……」
 ざらついた舌に、薄い胸の敏感な粒がねっとりと包まれ、転がされる。舐めながらこちらを見上げる視線に、下着の中の窄まりが切なく収縮するのを感じた。
 鼻にかかった声が、思ったより大きく響く。
 「……や」
 「おっぱい好きだろ」
 「脩ちゃんにされるなら全部好き」
 「いいな。かわいい」
 いたずら好きの彼の手が下腹部のへと進み、ズボンのウェストから潜り込んでくる。胸を舐められながら、そこをいじられるのも好きだけれど。
 「ねえ、早く後ろ、して。僕もしたげるから……」
 「凛のエッチ」
 「一週間我慢したんだから」
 「付き合うまでのこと考えたら短いもんだろ」
 「そうだけど……」
 「焦るなって。時間はある。今日は泊まってくんだろ」
 「……うん」
 再びのキス。欠片も残すまいとするように、舌が理性を舐め取っていった。


 気の済むまで抱き合ったあと、大分遅めの昼寝をしてから、夕飯の買い出しへ出かけた。
 凛太のリクエストで、今日はチキンカレーだ。脩の手料理は、そう手が込んでいるわけではないけれど、とても美味しい。
 買い物から帰り、キッチンに並んで立つ。男二人だとなかなか狭苦しくなるが、凛太はここで脩の手伝いをするのが好きだ。正確には、料理をする脩を横で見ているのが好き。凛太は料理が苦手だから、いつもほとんど役には立たない。
 これならできるだろう、と今日は三個のタマネギを渡され、なかなか剥けない皮と格闘を始める。脩はというと、包丁で器用にジャガイモの皮を剥いていく。ジャガイモを裸にするのも手際がいい、などと考えてしまい、一人で赤くなる。
 彼は凛太の不慣れな手つきを横目で見て呆れ顔だ。
 「タマネギぐらいさっさと剥けよ」
 「だって指が滑って」
 「上下を先に切り落とすんだよ」
 「はい、脩ちゃん先生」
 行儀の良いお返事をして、まな板と包丁を出してくる。脩はその敬称が不満のようだ。
 「もうお前の先生じゃないって」
 「脩ちゃんはお勉強だけじゃなくいろんなこと教えてくれるもん。料理だってアレだって。えへへ」
 「さっきからニヤニヤしてたのは思い出し笑いか」
 「ニヤニヤなんてしてないもん」
 タマネギをまな板に置きつつ、とぼけてみせる。
 脩が凛太の『先生』だったのは、去年の三月までの話だ。彼は凛太の通っていた高校の教師だ。お互い想いがあるのはわかっていたが、凛太の在学中、彼は頑としてい手を出そうとはしなかった。当時はそれがひどくもどかしかったものの、卒業まで待ってくれたのは凛太を思ってのことだったと今ならわかるし、さらに大好きになった。
 悶々としていたあの頃を思い出すと、愛してもらえる今が嬉しくて仕方がない。またニヤニヤがぶり返してきそうになって、あわてて表情筋を引き締め、タマネギの上下を切り落とす作業に戻った。
 脩は切り取られた端っこを見て眉根を寄せる。
 「おい、切りすぎだ。もったいないだろ」
 「えー。もう遅いよ」
 「まあ、やっちゃったものは仕方ないけど……。ああ、もうお前がいるとちっとも進まない。まな板空けろ。お前はシンクのとこで剥いてろ」
 頭とお尻がなくなったタマネギが、ひょいひょいとシンクの脇に追いやられる。空いたまな板の上で、脩はジャガイモや人参、カボチャを同じような大きさに切りそろえていく。
 彼は怒った口調ではなかったので怖くはなかったが、少しだけ自分が情けなくなった。
 「僕、邪魔?」
 「まあ、一人でやった方が早いのは事実だけど、急いでないしいいんじゃないか」
 凛太のちょっとした声のトーンの変化から察し、さりげない言葉でフォローしてくれる。脩はいつだって優しくて、ほっとする。
 「なんかお腹減ってきたかも」
 「じゃあさっさとやれよ」
 「うん、頑張る」
 「お前タマネギ係だから、切り終わるまで責任もってやること」
 「ゴーグルある?」
 「ないよ」
 「ないとおめめ痛くて泣いちゃう」
 「泣いたら慰めてやるから」
 「うわあ、今キュンとしちゃった」
 こちらが油断しているときに、突然ドキッとさせるようなことを言うから心臓に悪い。脩はそんな凛太の大袈裟な反応に慣れているためか、軽く流す。
 「うん、いいからさっさとやれ。俺もうほとんど終わったぞ」
 「じゃあねえ、ポテサラ食べたい」
 「作れって? カレーに入れるはずだったジャガイモで作るか。ジャガイモ無くなった分はブロッコリー足そう。タマネギはどっちにも入れるから一個追加な」
 「えー。じゃあポテサラなくていい」
 「駄目。もう決定だから。タマネギ終わったらゆで卵剥けよ」
 どんどんやることが増えていく。でも、隣に脩がいるから、面倒でも楽しいには違いないのだった。
 食べて眠って生きていく。二人で一緒と決めたこと。

(1)何でもない冬の日 了

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